それぞれが尊重

少子化対策、子育て支援など
色々な意見が出ているが、
そもそも、非正規雇用などで
結婚をするのが難しいというところまで
いっているのが、日本がいかに
若者世代を重視しなかったかという
つけなんでしょうね。

というよりも、
学歴社会というもので、
大学でていれば偉いというのも
おかしな話で、中学卒業して
大工になった子は、一流の技術をもち
尊敬できるはずなんです。

よって高校無償化などいったら、
そもそも勉強が嫌いでも、
とりあえず入っておけばよいっていうのは
おかしな話で、テクニカルなことを
やりたければ、そっち方面の
バックアップをするのが社会の仕事。
学歴社会だからとりあえず親も
入れと言わざるを得ないのです。

大学無償かにしてもFラン大学と呼ばれる
ところにいっても、税金を垂れ流すだけ。
しかも勉強嫌いなら遊んでるだけですから。

高校受験、大学受験は無償で入れる
人を決める、まあ返さなくてよい奨学金を
支給するためってのがよいでしょうね。

私は、国立大学、大学院を出ていて
雀荘屋のおやじになっているわけですが、
やりたいことをやっている
(新潟の活性化のためにけんこう麻雀を教える)
ので、誇りをもってやっています。
(昭和の時代なら、大学まで出て
麻雀なんて親が泣くわというのがオチでしょうね)

やっている仕事に誇りを
持てる、他の人に人として
尊重されるような社会に
しないとですね。

「それぞれが尊重」への2件のフィードバック

  1. 思うに…世迷い言ですが。
     私が小中学生の頃は、すでに高度成長期に入っていたけれどもまだ大学卒は珍しく、多くは高卒や中卒で『職業意識』もしっかり持っていました。ところが国はコストも国民の協力も必要な国家の『防衛』を大国アメリカに任せ『経済発展』ばかりに邁進してしまったところに今の宿痾(長い病気)があると思います。平和が担保され過ぎて、「勉強さえ出来ればよい」「金さえ儲ければよい」「自分さえよければよい」という大間違いが許されるくらいアホな国が出来上がりました。勉強だけ出来ても何も出来ません、カネは食えません、そして一人だけでは生活できません。
    皆で、それぞれの仕事で国を立ち上げていかねばならないことを忘れてますわ。

    1. 義務教育は、読み書きそろばんだけ
      出来るようにして、その力があれば
      十分上級国民の言うことを聞けば
      喰えるという時代になったのだと思います。

      学生運動など起こって
      中国は緩和しましたが
      日本はそんな団結できませんわな。

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